黒く、どんよりと重い雲。
今にも、何かが起こりそうだった。


  相合傘


「あっちゃー・・・・」

口から悲鳴を漏らす。
自分の状況に溜息が出た。
今いるのは、スーパーの軒先。
そして僅かな屋根で区切られたスペースの外は、雨が降っていた。
ピノコが風邪のため、お粥を作ろうと思い訪れたスーパー。
そう言えば、家を出た時から雨雲が空を覆っていたっけ。
なるべく早く帰ろうと思ったのだが、時間が掛かってしまった。
会計を終え、店の出入り口である扉を開くと、最初は音が飛び込んできた。
雨が地面を叩く音。
そして、空と地面を絶えず結ぶ雨が見えた。

「……どうするか…」

雨が降る前に帰るつもりだったから、傘なんて持ってきていない。
ただ雨が通り過ぎるのを待つだけだった。

「……やまない」

どれぐらい待ってみただろうか。
軒先から傘を持って足早に掛けていく人の数を数え、その数もまばらになっても尚、雨は降り続けている。
しかも、その雨足が弱まる事は無い。
恨めしく、雨を振り落とす雲を見上げる。
いつまでもこうしているわけにはいかない。

「早く帰らないと」

決意して、食材の入った紙袋をマントの裏にしまう。
濡れないように奥に詰めた。

「……よし」

軒先から駆け出そうとした瞬間。

「おーい、迎えにきてやったぞ」

 その声は聞こえた。

「………」

俺はキリコを睨むように見ていた。

「おいおい、迎えにきてやったのにその目は無いだろう?」

睨んでいる俺に言う。

「………まぁ…いい」

俺はそう呟くとキリコに手を伸ばした。

「ん?」
「ん?…じゃない。俺の傘は?」
「そんなの、無い」
「無い!?だって、迎えに来たって――」
「傘なら俺のがあるだろう?」

キリコは小さく、今差している傘を持ち上げる。

俺はキリコの言いたい事がわかり、眉を顰めた。

「まさか…相合傘?」
「正解」

キリコは歯切れよく言う。
文句の一つも言いたかった。
でも、言っている時間も惜しい。
息を吐くと、キリコの傘の中に飛び込んだ。

+++++

「〜♪」

頭の上から、キリコの鼻歌が聞こえる。
傘の外では、雨が地面を叩く。
その傘も雨は叩く。
そんな音しか聞こえない、だから余計にキリコの鼻歌は異質に聞こえた。
「…何で、そんなにご機嫌なんだ?」

地面の水溜りを踏まないよう、足元に注意して聞いてみる。

「小さな夢が叶ったからな」
「夢?」

思わず、その言葉に聞き返す。

「そう。夢だったんだ。自分の好きな奴と、相合傘するのg――」
「キリコ、お前何歳だ?」
「……お前、馬鹿にしてるだろ?」

俺の言葉に、キリコが拗ねたような声を返す。
馬鹿にしているわけじゃない。
あまりも子供のような考えに、驚いただけだ。

「良いだろ、夢だったんだから」
やはり、完璧に拗ねている。

顔を上げれば、キリコは唇を尖らせていた。

「馬鹿にしたわけじゃないわ…だ、意外だなぁ、と思って」
「意外?なんでだ?」
「別に」

投げやりに返す。
嫉妬してるのだ。
もしかしたら、こんな事を何度も経験しているのかもしれない。
そう考えると、気持ちは今の空のように曇っていく。

「くくっ…長い事生きてきたけど、相合傘なんて初めてだよ」
「……嘘くさい」
「本当だって。これでも俺は初心でね」

キリコが笑う。
その笑顔を見て、本当なのかは分からない。

「…初心なキリコって想像できないな」

それを思い、口に出した。

「想像しなくたっていい」
「くくく」
「笑うなっ」

笑ってしまう。
キリコが何か怒っているが、それすらも俺を笑わせる要因でしかない。
自分では押さえる事が出来ない。

「おかし……んっ」

上を向いた途端、被さるようなキスが降ってくる。
驚きに見開いた目は、目を瞑るキリコを至近距離で捕らえた。

「…………」

唇が離れても、私は微動だにできなかった。

「お前が笑った罰だ」

そんな俺を見て、キリコが笑う。

「…こんな人通りのある所でするなっ!」

好奇の視線を感じ、顔が熱くなる。
そして小走りで歩いた。

「おいおい、濡れるぞ!」
「濡れてもいい!」

キリコの傘が追いつかないなら、雨に濡れてもいい。
それでこの顔の火照りを鎮められるなら。

「じゃ、俺も濡れる」
「ヲイ!」

傘を閉じようとするキリコの動きを感じ取り、慌てて歩調を戻した。

「何怒ってたんだ?」
「お前があんな所でキスするからだろ!?」
「何だ、そんな事か」
「そんな事!こっちは恥ずかしい思いをしたんだ!」
「誰も見てないぞ。傘で隠したからな」

傘で、隠した?

「…傘で隠したなら、許す」
「お、良いのか?じゃ、今度からはBJと外を歩くときは傘を持ち歩こう」
「………何でだ」
「だって、傘で隠せばどこでもキスしていいんだろう?」
「馬鹿」

晴れた日でも傘を持って歩くキリコを想像し、頭が重くなる。

「相合傘は楽しいな」
「そう、良かったわね」
「相手がお前だからな。だから、楽しいんだ」
「………」

どうしてこの人は、こんなにも人を喜ばせるのが上手いんだろう。

「俺もキリコが相手で幸せよ」

相合傘だけじゃなくてね。

「ああ。俺も幸せだ」

再び降ってくるキス。
また傘で隠しているのか。
そんな事を頭の片隅で考えながら、俺はそれを受け入れた。


雨の中、傘の中で寄り添う2人。




END


++++++++++++++++++++


 サイトの一周年記念に、憂月様から頂いたキリジャ小説ですvV
 私が「サイト開設の6月にちなんだ話」をリクエストしたところ、こんな素敵な小説を頂いてしまいました!
 黒医者二人が相合傘!相合傘ですよ!!かーわーいーいー!!(笑)
 傘で隠して不意打ちチューというシチュはワタクシ大好物です(じゅるり)
 そして初心なキリコ、確かに想像できません・・・!
 憂月様、素敵な小説をありがとうございました〜!!



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